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オタクのような

 こんにちは。

 最近あまりにもアホ適当な記事だったので今回はオタクのような記事を。

  昨今、会場を貸し切ってステージに声優が登壇するアニメのBDイベントを始めとして上映会やラジオ公録、リリイベなどオタクイベントは多種多様、グローバルである。CDリリイベは明らかに声優のイベントだが、その他のイベントはアニメのイベントでしょ?と思っている人も多いのではないだろうか。だが、 殆どのイベントは演者ありきであって声優のイベントなのだ。現に声優が登壇しないアニメ上映会には行かないという人も多いだろう。アニメのイベントと言う割には声優のトークやお遊びコーナーがばかりでアニメの名前を借りているだけのイベントだとすら感じる。ここではこれに関連して話そうと思う。

 

作品とコンテンツ

 作品とコンテンツは同じ意味で使われがちだが、ここでは次のように使い分ける。

・作品:ラノベやアニメなどのキャラやストーリーを中心とした別世界のこと

・コンテンツ:声優やライブ、ゲームなどの作品を題材とするものを中心とした身の回りのこと

簡単に言うと原作そのものが作品で、原作を題材に展開されているものがコンテンツである。

広がり

 次は広がりについて。この広がりとは幅や奥行き、体積のようなイメージのものである。例えば、あるアニメがゲーム化、グッズの販売をする。先程の使い分けによるとそれら自体はコンテンツとしての広がりである。しかし、そこでゲームで書き下ろしやオリジナルストーリー、グッズの付録として裏設定などが存在すると、それらは作品としての広がりを持つことになる。だからこその物議を醸すこともあるがそれについては省く。このようにコンテンツは原作の世界観を通して作品に影響を与えることがある。当然、作品もコンテンツに対して影響を与えられる。つまり、作品とコンテンツは世界観を媒介して影響しあっていると捉えられる。

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しかし、コンテンツそのものが作品に影響を与えるわけではない。コンテンツの部分的な要素が作品に影響を与えることがあるだけなのだ。

イベント

 先程までに示した考えにそってイベントを勝手に分類していく。

 BDイベントでのトークや遊びコーナーはアニメに関連してはいるものの声優メインで声優無しでは成り立たないものなのでコンテンツ寄りである。この流れでいくとOP, EDの歌唱は声優やアーティストが歌っているからコンテンツ寄りとなるが、歌詞や曲調という観点からはキャラやストーリーと重なる部分もあり作品寄りとも言える。だからこそ、好きなアニメのOO,EDには思い入れがあるし、なんと言ってもキャラソンが栄えるのだろう。また、大抵の上映会やラジオ公録、リリイベはここまで読んでいれば分かると思うが、コンテンツ寄りである。


  作品寄りのものとして、朗読劇や展示は挙げられるがまだ足りない。純粋な朗読劇はアニメ同様作品寄りにはなるが、面白おかしいアドリブは主体をキャラ、ストーリーから声優へと移しコンテンツ寄りにしてしまう。展示は自分が作品の別世界を体験するいというコンセプトのものだが、のめり込めない時の物足りなさは否めない。

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展望

 BDイベントの抽選シリアルを封入したBDの商法を聞いたことはあるだろう。これによってアニメの人気の尺度がBD売上では作品としての人気かコンテンツとしての人気なのかが更に不明瞭になってしまう。この意見はどこかでも言ったが、作品としての人気を測るためにアニメそのものを権利などとして売買し、価値を決めるのが公平だろう。しかし、これでは2期や続編の制作、グッズの利益など他の色々な問題が生じるので今のところ現実的ではない。

 私達はコンテンツを身の回りのものとして触れ、そこから世界観を経由して作品を疑似的に楽しんでいる。二次元と三次元は違うのだから当然の話だ。それ故に、コンテンツ寄りのイベントが多いのも頷ける。だが最近では"寄り"を通り越して、いわゆるアイドル声優のように世界観を利用してコンテンツとして"のみ"広がったものが増えている。アイドルはキャラ同様に単体で完結するためスポットが演者自身に当たる。SNSアイコンの選択にはこれが起因していると思う。批判する気は全く無いし感覚的には分かる。ただ、自分が何のオタクなのか理解している方が楽だとは思う。また、アニメを見ていてキャラの声から声優を連想してしまうと、キャラのイメージが変わったり、アニメそのものを楽しめないという別世界への干渉現象が起こることもある。なかなか難しい問題なために詳しいことは言えないが、キャラの特徴を備えたAIなんてのはどうだろうか。また、別世界という点に注目してVR体験を展示に取り入れることができたら、作品として大きく広がるだろう。

 

最後に

 このように色々と考えてみたので無駄かどうかは別として文にした。ここで次の言葉を引用する。

 "With great power comes great responsibility"

(大いなる力には大いなる責任が伴う)

           スパイダーマン(2002年)

 これは映画「スパイダーマン」で、主人公ピーターのおじが亡くなる時に残した言葉である。考えなさすぎということはあっても考えすぎということはないのかもしれない。