Croire que

Efforts to make easy

表現解釈の一例

今回は、古い、飽きた、オワコンなどと罵られるかもしれないが、伏見つかさによる『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を題材として、考察する。この作品は現実的な兄妹関係を志向して描かれており、妹とは?というこの世の本質に迫っている。この作品によって人生観が変わった人も多いだろう。

 まず、妹とは何であろうか。

妹とは通常は同じ父母から生まれた年少の女性をいう。古代日本語においては妹は「いも」と呼び、年齢の上下に関係なく男性からみた同腹の女を指した。また、恋人である女性や妻のことも妹(いも)と呼んだ。これは古代においては兄弟姉妹婚が広く行われており、妻や恋人と妹を同一視していたためという説がある。

このように、現代ではタブーとされている兄妹恋愛が古代では認められていた。ぼくには妹がいないため全く分からないが、現代でも妹が可愛いのは古代の風習の名残りなのではないだろうか。

そこで、次を取り上げる。

それでも、伝えようと決めたのだ。

あんな最悪の振られ方をしたってのに、いまもグレた振りして俺の背中を押し続けている――どこまでもお人好しな誰かさんのように。

「拒絶されるって分かってても!受け容れられないかもって不安でも!振られたら超傷つくって分かってても!想いってのは、伝えなくちゃなんねえんだよ!」

「――――」

自分に吐き続けてきた嘘を、嘘だと認めようと決めたのだ。

勇気を出して見本を見せてくれた――かっこいい誰かさんのように。

エロゲーと一緒にすんなって言ったな」

「……それが?」

「確かに俺は、あいつらほど凄いヤツじゃない……ゲームみたいにかっこよく告白なんてできねえ……人生全部かなぐりすてて、おまえと駆け落ちしようなんて気概もねえ」

バン!と胸を叩く。

「だけど!俺はここにいるぞ!エロゲーなんぞに負けてたまるか!」

俺があいつらに勝っているのは、唯一その一点だけ。

あいつらが幸せにできるのは、自分の妹だけなんだ。

桐乃じゃない。

「キモ……キモ、キモキモキモッ……!マジでキモい……!ほんっとキモい!」

桐乃はそう連呼しながら、何度も何度も罵倒する。

「サイッテー!ほんっとサイッテー!さっさと消えてよ!あんたなんか大っキライ!大々々っキライ!大々々々々~~~っキライッ!きょ、兄弟で恋愛なんてエロゲの話でしょ……現実でやったら、そんなの気持ち悪いだけじゃん……」

「気持ち悪くない恋愛なんか、エロゲにもどこにもねえ!よっく聞けよ、桐乃―――――――!」

親父と対決したあのときよりも、

妹の親友に嘘を吐いたあのときよりも、

ずっとずっとでかい声で、俺は思いの丈を叫んだ。

 

 

「どこにも行くな!俺と、結婚してくれえええええええええええええええええええええっ!」

 

 

それを聞いた妹は、

 

 

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 俺の妹がこんなに可愛いわけがない⑫一部抜粋)

これは主人公である高坂京介が妹の桐乃に告白するクライマックスのシーンである。このシーンについて考察してみる。

二度出てきている“誰かさん”という表現は一回目と二回目で指し示す人物が違う。この部分だけでは誰を指すのか不明だが俺妹読者にはきちんと分かるようになっている。このように同じ単語でも違うものを指すことができる。

本文に“エロゲー“と”エロゲ“という単語が使われており基本的な意味としてはどちらも同じだが微妙に違う。前者はゲームやキャラクターという意味で自分と比較するものとして使われており、後者はゲーム内の恋愛という意味で現実の恋愛と比較するものとして使われている。このように同じ意味でも少しの表記方法の違いで意味が区別されている。

主人公の高坂京介が地の文で“桐乃”と“妹”で呼び分けている。この呼び分けにはきちんとした区別がない。これはこのとき高坂京介自身が桐乃を桐乃だから好きになったのか、それとも妹だから好きになったのかが断定できない漠然とした心模様を表している。また、妹を好きという感情がいかに単純でないのかを伝えている。このように表現方法で人物の心情や作品のテーマを表せる。

以上、このように考察した。小説には様々な表現があり、これを自分で考え、読み解くことも小説の楽しさなのだ。このように解釈とは各々が勝手に世界を創造する営みであり、その世界のきっかけとなるビックバンを起こしたのは作者なのである。作品という世界を与えてくれた作者に感謝を忘れないようにしたい。また、続編を切実に祈っている。